大阪地方裁判所 平成12年(ヨ)30008号 決定 2000年6月27日
《住所略》
債権者
森岡孝二
《住所略》
債権者
柚岡一禎
右債権者両名代理人弁護士
阪口徳雄
右同
辻公雄
右同
松丸正
大阪市中央区北浜4丁目6番5号
債務者
株式会社住友銀行
右代表者代表取締役
西川善文
右債務者代理人弁護士
川村俊雄
右同
川合孝郎
右同
仲田哲
主文
一 債権者らの本件申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者らの負担とする。
事実及び理由
第一 申立て
一 主位的申立て
1 債務者は、平成12年6月29日開催の第156期定時株主総会につき、株主に送付した議決権行使書面において、第8号議案につき賛否の表示がされていない場合は、「賛」の表示があったものとして取り扱う旨株主に通知しなくてはならない。
2 債務者は、右定時株主総会における第8号議案の議決につき、議決権行使書面に賛否の表示がされていない場合は、「賛」の表示があったものとして取り扱わなくてはならない。
二 予備的申立て
債務者は、平成12年6月29日開催の第156期定時株主総会における議案の議決につき、議決権行使書面において、第8号議案につき賛否の表示がされていない場合は、「否」の表示があったものとして取り扱ってはならない。
第二 事案の概要
一1 債務者は、資本の額が5億円以上の、銀行業を営む株式会社である。
2 債権者柚岡一禎(債務者の株式1050株を所有する株主)を含めた被告の株主73名(株式数合計45万株)は、債権者森岡孝二(債務者の株式1000株を所有する株主)、阪口徳雄及び松丸正(債務者の株式1000株以上を所有する株主)作成名義の、平成12年5月8日付けの書面(甲二)により、債務者代表取締役頭取西川善文に宛てて、平成12年6月29日に開催される債務者の第156期定時株主総会(本件総会)において、別紙の提案(以下「本件提案」という。)を決議されたい旨の株主提案をした。
なお、本件総会において、議決権を有する株主が有する株式の総数は、31億2344万3000株であり、債務者において、右株主提案の提案請求者のうち、商法232条の2第1項の株式保有期間を充たす株主であるとされた株主は、債権者柚岡を含む71名(株式合計40万8000株)であった。
3 債務者代表取締役頭取西川は、平成12年6月13日付けの定時株主総会招集通知(甲三)に、同年29日債務者本店において第156期定時株主総会(本件総会)を開催する旨及び本件総会に出席しない場合には同通知後記の参考書類を検討の上、議決権行使書に賛否を表示、押印の上、返送するように記載して、各株主に送付した。
右通知書中、会議の目的事項欄には、決議事項として、会社提案である第1号議案ないし第7号議案とともに、前記株主提案である第8号議案「定款一部変更の件」が記載され、さらに議決権の行使についての参考書類中、議案及び参考事項欄には、第8号議案について、同議案が株主71名(持株数40万8000株)からの提案によること、議案の要領は別紙のとおりであることが記載され、末尾に、債務者の取締役会は同議案に反対するとの意見が付されている。
また、右書面とともに、議決権行使書面(甲一の1及び2)が各株主に送付されたが、同書面の表面の冒頭には、株主が各議案につき、賛否を丸印で表示したとおり議決権を行使する旨の記載があり、その下に、会社提案の第1号ないし第7号議案の各議案について「賛」「否」の欄と、それとは別に、株主提案の第8号議案について「賛」「否」の欄がそれぞれ設けられ、さらに、注意書きとして、債務者取締役会は株主提案に反対していること、株主は、第8号議案につき、同取締役会意見に賛成の場合は「否」に、株主提案に賛成の場合は「賛」に、丸印で表示すること、議案について賛否の表示をしない場合は、会社提案については「賛」、株主提案については「否」の表示があったものとして取り扱うこと(以下「本件記載」という。)が記載されている。
(以上の事実は、当事者間に争いのない事実及び一件記録により容易に認められる。)
二 債権者らの主張
1 主位的申立てについて
債務者の議決権行使書面上、賛否の表示がない場合、会社(取締役会)提案と株主提案とでその取り扱いを異にしているが、右の取り扱いが「大会社の株主総会の招集通知に添付すべき参考書類等に関する規則」(以下「参考書類規則」という。)第7条を根拠するものとしても、取締役会提案と株主提案とで取り扱いを区別するためには合理的な理由が必要である。
前記の取り扱いは、取締役会提案と株主提案とを差別的に取り扱い、取締役会提案については「賛」が多くなるように、株主提案については「否」が多くなるように、恣意的に取り扱うものであり、株主総会において議決されるまでは本来対当平等の株主議案について著しく偏頗で不公平であり、このような議決権行使書により株主提案の第8号議案の決議が本件総会でなされれば、決議の方法が著しく不公正なものとして決議取消しの訴えの対象となる。よって、株主提案の第8号議案の決議についても、取締役会提案の議案と同様な賛否の方法がとられなくてはならない。
2 予備的申立てについて
株主提案の議決については、賛成、反対だけでなく、棄権する株主もあるのであるから、棄権のつもりで何の記載もない株主を反対の意思表示をしたものとして処理することは、当該株主の通常の意思に反する。したがって、債務者の議決権行使書面は、棄権の意思表示を一方的に奪っているのみならず、さらに取締役会に有利なように処理しようとする点においても誤りを犯している。
3 債権者らの本件申立ては、主位的には、商法272条の適用、または類推適用による株主の差止請求権、あるいは株主総会決議取消請求権を被保全権利とするものである。
4 本件仮処分決定がなされなければ、著しく不公正な決議が第8号議案についてなされてしまうことから保全の必要性も認められる。
三 債務者の主張
1 主位的申立てについて
(一) 右申立ての内容は差し止めを求めるものではなく、またそもそも差止請求権の内容となり得るものではない。
(二) 差し止め請求権の行使というのであれば、その相手方は法令又は定款に違反する行為をなす取締役でなければならないが債務者は会社である。
2 主位的及び予備的申立てについて
(一) 債務者の取締役が、議決権行使書に本件記載をなし、この記載に基づく取扱いをすることは、商法272条にいう、取締役が会社の目的の範囲内に在らざる行為その他法令又は定款に違反する行為ではなく、そもそも差止請求権は存しない。
(二) 本件記載は「大会社の株主総会の招集通知に添付すべき参考書類等に関する規則」第7条に基づき記載された適法なものであり、議決権行使書において、賛否の記載のないものの取扱いを各議案について一括して記載するか個別的に記載するかは会社の取締役の裁量に委ねられているのであり、本件記載のような取扱いもこの裁量権の範囲内に属するものであって、「差別的」と評価されるものではなく、また、本件記載から、賛否いずれも表示されていないものについての取扱いは「一義的」に決まっており、債権者において「恣意的」に取り扱えるものではない。したがって、本件記載による取扱いを前提とする書面投票の下での決議を著しく不公正ということはできない。
(三) 債権者らが、債務者に対し、すでに提出されている議決権行使書についても、債権者らの申立てどおりの取り扱いをするとすれば、株主の意思に反するものとなる。
3 保全の必要性は争う。
第三 当裁判所の判断
一 主位的申立てについて
1 債権者らの右申立ては、債務者に対し、各株主に送付済みの議決権行使書面について、同書面に記載されている内容とは反対の扱いをする旨の通知を、改めて各株主にすることを求め、さらに、右行使書による書面投票において記載内容と異なる、一定の取扱いをするよう求めたものである。
2 右のような、書面投票のための議決権行使書面の内容の決定及びその取扱い方法という業務執行にかかる事項は、所有と経営とを分離する制度を採用する株式会社において、原則として、業務執行機関である取締役会及び代表取締役に委ねられたものである。すなわち、所有者として、会社に対し、法令及び定款に定められた範囲でその権利を行使し、株主総会における決議を通じて会社の基本的事項について意思決定をするにすぎない個々の株主が、業務執行の違法性を前提にこれを差し止めること(商法272条)を越えて、会社に対し、直接一定の行為を要求するについては、そのような請求権の存在が前提とされなくてはならない。しかるに、債権者らの主張する被保全権利はこれに沿うものでなく、他に右請求権の存在に関し、主張、疎明されるところはない。
よって、債権者らの右申立ては認められない。
二 予備的申立てについて
1 債権者らの求める右仮処分は、それが認容されれば、債権者らが決議取消しの訴えの対象としようとする不公正な決議自体が存在しないことになるから、右の訴えを本案として本件仮処分を求めることは自己矛盾となる。よって、決議取消請求権を被保全権利と想定することはできない。
2 また、被保全権利を差止請求権とする場合、その相手方は、具体的な法令又は定款違反の行為をしようとする取締役であると解されるから、会社を相手方に加えるかどうかはともかく、少なくとも当該取締役を相手方としない点において、本件申立ては不適法である。
3 よって、債権者らの右申立ても認められない。
(裁判官 桑原直子)
別紙
第8号議案 定款一部変更の件
(議案の要領)
▼提案の内容
役員等の報酬、退職慰労金等の株主への個別開示に関する件
(1) 事業年度毎の取締役および監査役の報酬・賞与額については、個々の取締役および監査役ごとにその金額を当該事業年度末に作成する営業報告書(商法281条1項3号所定)に開示する。
(2) 取締役および監査役の退職慰労金贈呈の議案を株主総会に提案するときは、退任する個々の取締役および監査役ごとにその金額を明示する。
の条文を定款に新設する。
▼提案の理由
商法は、役員の報酬および退職慰労金は、定款にその額を定めていない限り株主総会で決めると規定している。
しかし、当行においては全て取締役会等に一任され、各役員の個別の支給額は株主には明らかにしていない。その理由として役員のプライバシー等が持ち出されるが、株主から経営を任されている役員の報酬および退職慰労金の額を株主に知らせることは、役員の株主に対する責務であるといえる。
米国では役員報酬の個別開示が現になされており、日本でも昨年、複数の上場・店頭公開企業が役員報酬の個別開示に踏み切った。米国の機関投資家は、日本企業に対して、役員報酬と退職慰労金について株主が判断できる情報の開示を求めている。
当行も株主の要求に応えて、本株主総会において、役員報酬と退職慰労金の個別開示を求める本提案を決議されたい。
●仮処分命令申立書(平成12年6月19日付)
仮処分命令申立書
当事者の表示-別紙のとおり
申立の趣旨-別紙のとおり
申立の理由-別紙のとおり
疎明方法
同第一号証の一~二 議決権行使書
同第二号証 株主提案申立書
同第三号証 定時株主総会招集通知
添付書類
一、甲各号証(写) 各1通
一、商業登記簿謄本 1通
一、委任状 各1通
2000年6月19日
右債権者ら代理人
弁護士 阪口徳雄
同 辻公雄
同 松丸正
大阪地方裁判所 御中
申立の趣旨
一、債務者は平成12年6月29日開催の第156期定時株主総会につき、株主に送付した議決権行使書面において、第8号議案につき賛否の表示がされていない場合は、「賛」の表示があったものとして取り扱う旨株主に通知をしなくてはならない。
二、債務者は右定時株主総会における第8号議案の議決につき、議決権行使書面に賛否の表示がされていない場合は、「賛」の表示があったものとして取り扱わなくてはならない。
との決定を求める。
申立の理由
第一、当事者
債務者株式会社住友銀行は銀行業を営む株式会社である。
債権者らは、債務者の株式を1000株以上保有する株主であり、後記株主提案の提案者の一人となっている者である(甲一の一、二)。
第二、債権者らによる債務者第156期定時株主総会での株主提案
債権者らを含む株主71名(持株40万8000株)は、債務者が平成12年6月29日午前10時より開催する第156期定時株主総会にむけて別紙の株主提案をなした(甲二)。
債務者は右定時株主総会招集通知において、取締役提案(会社提案と称しているが)の第1号~第7号議案とともに、第8号議案として右株主提案を議案として右株主総会の決議に付することを株主に通知している(甲三)。
第三、議決権行使書における株主提案の第8号議案の決議方法の著しい不公正
右株主総会につき、株主に送付された議決権行使書(商法特例法第21条の3第2項所定)には、第1号~第7号までの会社提案の決議については、賛否の表示がなされていない場合は「賛」の表示があったものとして取り扱うとしている。
これに対し、第8号の株主提案の決議にあたっては、賛否の表示がなされていない場合は「否」の表示があったものとして取り扱うとしている。
賛否の表示がない場合の扱いにつき、取締役会提案と株主提案とを差別的に取り扱い、取締役提案については「賛」が多くなるように、株主提案については「否」が多くなるように、恣意的に取り扱うとしているのである。
このような議決権行使書により株主提案の第8号議案の決議が右定時株主総会でなされれば、決議の方法が著しく不公正なものとして決議取消しの訴えの対象になる(商法第247条)。
株主提案の第8号議案の決議についても取締役会提案の議案と同様な賛否の方法がとられなくてはならない。
第四、保全の必要性
債務者の右定時株主総会の日時は近づいており、直ちに決議にあたっての賛否の方法についての公平な取り扱いがされる旨の仮処分決定がなされなければ、著しく不公正な決議が第8号議案についてはなされてしまう。
第五、結論
よって債権者らは債務者に対し、商法第272条の適用、または類推適用による株主の差止請求権に基づき、申立ての趣旨記載の決定を求めて本申立てをなしたものである。
別紙 《略》
当事者目録 《略》
●申立の趣旨付加の申立書(平成12年6月21日付)
申立の趣旨付加の申立書
債権者 森岡孝二
外1名
債務者 株式会社住友銀行
右当事者間の平成12年(ヨ)第30008号仮処分事件につき、債権者はつぎの予備的請求を付加する。
予備的請求
債務者は平成12年6月29日開催の第156期定時株主総会における議案の議決につき、議決権行使書面において、第8号議案につき賛否の表示がされていない場合は、「否」の表示があったものとして取り扱ってはならない。
との決定を求める。
2000年6月21日
右債権者ら代理人
弁護士 阪口徳雄
同 辻公雄
同 松丸正
大阪地方裁判所第10民事部 御中